病院で「原因不明」と言われた腰痛の正体

MRIで異常がないのに痛む理由

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こんにちは。神谷町の筋膜ケア専門院【拝志フィジカルセラピー ファシアラボ】です。

慢性的な腰痛で病院を受診した方から、よくこのような話を聞きます。

MRIでは異常ありませんと言われた
骨は問題ないと言われた
手術までは必要ない腰痛ですと言われた

しかし、本人は確かに痛い。
日常生活にも支障が出ている。

このような状況になると

気のせいなのか
年齢のせいなのか
もう治らないのか

と不安になってしまう方も多いと思います。

ですが実は、MRIで異常がない腰痛は珍しくありません。
そしてその背景には、見逃されやすい身体の問題が存在していることがあります。

今回は
病院で原因不明と言われた腰痛の正体
について、分かりやすく解説していきます。

MRIやレントゲンで分かるのは「構造」だけ

MRIやレントゲンはとても優れた検査です。

例えば次のような異常は画像で確認できます。

椎間板ヘルニア
脊柱管狭窄症
骨折
腫瘍
強い炎症

つまり、骨や椎間板などの構造の問題を調べる検査です。

ここで大切なポイントがあります。

それは
痛みは必ずしも構造の異常と一致しない
ということです。

研究では、腰痛がない人でもヘルニアや背骨の変形が見つかることがあります。

逆に、強い腰痛があるのに
画像では異常が見つからないケースも少なくありません。

つまり、画像で異常がないからといって
身体に問題がないとは限らないのです。

見逃されやすいファシア(筋膜)の問題

そこで近年注目されているのが
ファシアと呼ばれる組織です。

ファシアとは

筋肉や骨、神経、内臓などを包み
全身をつないでいる結合組織

です。

水色の部分がファシア(筋膜)です。

身体は筋肉や骨がバラバラに動いているわけではありません。
ファシアというネットワークによって、全身がつながっています。

このファシアの状態が変化すると
身体の動きに影響が出ます。

例えば

長時間の座り姿勢
同じ動作の繰り返し
運動不足
水分不足
ストレス

などが続くと、組織同士の滑りが悪くなることがあります。

すると身体の動きがスムーズにいかなくなり
その結果として痛みを感じることがあります。

しかし、このような組織の変化は
MRIやレントゲンではほとんど分かりません。

そのため

異常はないと言われたのに痛い

という状況が起こることがあるのです。

腰が原因とは限らない腰痛

もう一つ重要なポイントがあります。

それは

腰痛は必ずしも腰が原因とは限らない

ということです。

ファシアは全身でつながっています。

そのため

お尻
背中
股関節
太もも

など別の場所の動きが悪くなると
その影響が腰に集まり、痛みとして現れることがあります。

つまり

腰が痛い
イコール
腰だけに原因がある

とは限らないのです。

このような場合、腰だけをマッサージしたり治療しても
なかなか改善しないことがあります。

身体全体のつながりを見ながら
どこに問題があるのかを探していくことが大切になります。

全身がつながる「筋膜(ファシア)」

原因不明の腰痛は「原因がない」わけではない

原因不明と言われると
本当に原因がないように感じてしまうかもしれません。

しかし実際には

現在の検査では見つけにくい原因

というケースが多くあります。

身体は

組織の滑り
張力のバランス
神経の感受性
動きのクセ

など、さまざまな要素が関係して働いています。

そのため慢性的な腰痛は
単純に骨や筋肉だけの問題では説明できないことも多いのです。

まとめ

病院で

異常はありません
原因不明ですね

と言われた腰痛でも
身体の中では何かが起きていることがほとんどです。

大切なのは

身体をもう少し広い視点で見ること

です。

骨や筋肉だけでなく
ファシアという全身のつながりを見ていくことで

原因不明と言われていた腰痛にも
新しい理解が見えてくることがあります。

慢性的な腰痛で悩んでいる方は
身体を一つのネットワークとして見てみると
改善のヒントが見つかるかもしれません。

慢性腰痛や背中の凝りを根本から改善したい方は、神谷町駅徒歩1分のファシアラボ

投稿者プロフィール

拝志陽介
拝志陽介拝志フィジカルセラピー代表
私が「筋膜(ファシア)」に注目するようになったのは、オーストラリアのカイロプラクティック大学で学んでいたとき、自分自身が背中の痛みや頭痛に悩まされたことがきっかけです。
その痛みの原因が「筋膜」にあることに気づき、出会ったのが、筋膜に振動刺激を与えてアプローチする「マイオセラピー」でした。
自分の身体でその効果を実感できたからこそ、この施術法は自然と、私の施術の中心になっていったのです。